以下の会話を考えてみて下さい。
A 「サッカーでは、ゴールキーパー 以外は手を使ってはいけないんだよね」
B 「フットボールでは、そうだよね。」
A 「?」
A が戸惑った理由は、B の言った 「フットボール」 という ことば の 「意味」 を掴みかねたからでしょうね。B は、「サッカー」 と同じ 「意味」 で association football を言及したのですが、A は、「フットボール」 という ことば で rugby football あるいは American football を 「像」 として描いていたので、会話が途切れたのでしょう。二人は同じ 「像」 を描いていたにもかかわらず、A のほうでは、「フットボール」 が 「サッカー」 と同じ外延であることを知らなかったので、会話が中絶しました。
ロジック では、そういう 「不意打ち」--すなわち、事前に定義されていない 「項」 を、途中で (定義しないまま、) 導入すること--を禁止しています。
経験論的な言語 L は、ロジック の論理定項・公理系を前提にして、事実的事態の 「観察可能な特徴」 を記述する言語 (あるいは、モデル) です。経験論的な言語 L のことを 「物言語 (thing language)」 とも云います。「物言語」 に関しては、本 ホームページ の 392 ページ を参照して下さい。
「観察可能な特徴」 とは、物理的対象の性質・関係が、適当な条件の下で、与えられた事態のなかに現れるか現れないかという点を、直接の観察によって確かめられることを云います。そして、「観察述語」 とは、「観察可能な特徴」 を指示する語のことを云います。したがって、もし、事業過程を対象にした モデル であれば、そして、もし、「事業過程」 そのものを対象にするのではなくて、「観察述語」 を 「管理過程」 のなかから入手するのであれば、経験的な言語 L は、以下の 2点を、ロジック の規則として守らなければならないでしょう。
(1) すでに導入された語 (項) を前提にして、文法的 (構文論的) に
正しい導出規則を適用して構成された記述は、すべて、実際上、或る
対象を 「指示する」 こと。
(2) いかなる語 (項) も、それに対する 「意味」 が保証されることなし
に、新たに、固有名 (項) として導入されることはない。
(1) は、モデル を作るための以下の手続きのことを意味しています。
(1)-1 「真とされる集合」 を作る。
(1)-2 「真とされる集合」 に対して文法を適用して、「L-真」 を構成する。
(1)-3 「L-真」 に対して指示規則を適用して、「F-真」 を検証する。
この 「F-真」 が、(1) で云う 「文法的に正しい導出規則を適用して構成された記述は、すべて、実際上、或る対象を 『指示する』 こと」 を示しています。TM (T字形 ER手法) は、この規則を守っています。TM は、「L-真」 を構成したあとで、かならず、構成物が 「F-真」 であるかどうかを問います。「分析」 段階で、システム・エンジニア が私智を計らって描いた 「像」 など、私は、毛頭、信用していない。
そして、生成規則と指示規則を守れば、新しい固有名が、いきなり、導入されることはないでしょう--たとえば、本 ホームページ 「赤本を読む」 の 「理論編-6 意味と意義」 のなかで綴った 「再帰」 構成を参照して下さい。構文論と意味論の ちがい を きちんと理解していなければ、「関係」 名と 「個体指示子」 名を混同してしまうでしょうね。
ウィトゲンシュタイン 曰く、「ロジック において、不意打ちはない」。
蓋し、名言でしょうね。
(2007年11月23日)