Bloomsbury Thematic Dictionary of Quotations の セクション clothes のなかで、以下の文が私を惹きました。
The sense of being well-dressed gives a
feeling of inward tranquility which religion is
powerless to bestow.
C.F. Forbes (1817-1911) British writer.
Social Aims (Emerson)
今回も (前回に続いて) 「服装」 の話です。
前回とはべつの観点で考えてみます。
服装が気分を変える (for a change) ことは確かですね──私の場合には、精神がだらけている時に、着物 (和服) を着て背筋を伸ばすように計らうことがある。あるいは、作務衣は、禅宗では、元来、作業着なのですが、家に居る時に、普段着としてゆったりした作務衣を着用すると私は気持ちが落ち着きます。まるで着せ替え人形ですね (笑)。でも、逆に言えば、それほど精神は脆弱 (psychologically vulnerable) だと云えるかもしれない。精神は、なにがしかの 「形 (形式)」 に填 (は) め込まないと浮游したまま安定しないのかもしれない。逆に言えば、精神を 「型 (形式)」 に填め込めば落ち着くのですが、「型」 を継続して遵守すれば マンネリズム に陥る危険性が高いし、マンネリズム に陥れば、精神は安定感の代償として自由を喪う。芸術家が奇抜な服装をするのは、きっと、その安定感 (言い替えれば、非自由) を嫌っているのでしょうね。したがって、「表現」 の固有性を追求する芸術家にとっては、奇抜でもなんでもない、精神に しっくりと適 (かな) う服装なのでしょう。
私は ビジネスマン で エンジニア です。エンジニア として仕事しているときには、たいがい、カジアル な服装ですが、改まった席では スーツ を着用します。スーツ の色は、黒・濃紺・チャコルグレー の地味な色です。スーツ の型も クラシック 調です。靴も スタンダード な紐結びの靴です。つまり、恰好の上から下まで、じぶんを目立たないようにした服装です。ちなみに、「コンサルタント の服装」 については、本 ホームページ の 「問わず語り」 を参看して下さい。ビジネスマン としての服装作法は、一言でいえば、「地味な高級な」 服を着用するということ [ 私は女性の服装についてはわからないのですが、ビジネス では、たぶん、男性の場合と同じ配慮 (地味な高級な服装) がもとめられているのではないかしら ]。私 (58歳) の世代では クラシック な服装が暗黙の規約になっていますが、若い世代では、かならずしも、クラシック 調に こだわらなくてもいいのかもしれない、それでも、若い世代の エンジニア が ユーザ 企業の役員と会談する時には、クラシック な服装にしたほうがいいでしょう──あなたは、頭のてっぺんから足もとまで値踏みされていると思っていたほうがいい。そういう改まった席にて服装を無頓着のまま 「外見で判断しないで中身を看てほしい」 というのは自惚れでしょう、相手は あなた と初対面です、あなたのこと (あなたの性質) を 10年前から知っている訳じゃないし、あなたの代わりとなる悧巧な エンジニア は世間には多数 存在しているということを忘れてはいけない。地味な服装をしていても 「存在感 (presence)」 を醸すのが本物 (プロフェッショナル) でしょうね。
私が普段 カジアルウェア を纏って仕事をしているので、私が服装には無頓着のように思われているかもしれないのですが、「問わず語り」 の 「コンサルタント の服装」 を読んでもらえばわかるように、改まった席では、私は、服装に対して 「うるさい (strict)」 ほうです──改まった席 (講演など) では、私は 「型どおりの」 正装で通します。改まった席上で初対面の時に、私が スーツ を着用して、相手が カジアルウェア であれば、相手が ボロボロ の名刺を私にくれたような不快感を覚えます。相手が地味で高級な スーツ を着用していれば、私は、その人の ズポン の折り目と 靴を観ます。すなわち、ズポン の折り目が崩れていないか、靴は ちゃんと磨かれているかを瞬時に観ます。
It takes two to tango、一人では ビジネス が成り立たない──ビジネス に限らず、生活のほとんどの場面では──、相手の見地に立って細やかに配慮して対応することが──そういう態度を英語では you-attitude と云うのですが──問われるでしょう。会話を始める前に眼に入る有様が服装です。したがって、服装が第一印象となる。time・place・occasion を眼中に置かない服装は、じぶんがそこに属していないことを宣言しているようなものでしょう。先ほど、頭のてっぺんから足もとまで観られていると言ったのは、私が細かいことに うるさいからではなくて、たいがいの マネジメント たちは、そういう細かな点まで相手を観ています。活溌な伸び盛りの若い エンジニア が 「個性」 を謳って じぶんを セールス するのは固 (もと) よりたいせつなことですが、「個性」 を服装で表すのは、あなたの実力に対して他人が一目置いていないのであれば、ビジネス ではやらないほうがいい。とりあえず、まわりの人たちの服装を真似していればいいでしょうね──そして、逆に言えば、カジアルウェア が通例である workplace で スーツ を着用しているのは浮いてしまうでしょう。要するに、服装は、time・place・occasion に応じて着こなすという当たり前といえば当たり前な、昔からの言い伝えに尽きるようですね。
(2011年11月 8日)