Bloomsbury Thematic Dictionary of Quotations セクション Leadership の中で、次の文が私を惹きました。
I believe in benevolent dictatorship provided
I am the dictator.
Richard Branson (1950- ) British entrepreneur.
Remark, Nov 1984
No general in the middest of battle has a great
discussion about what he is going to do if
defeated.
David Owen (1938- ) British politician.
The Observer, 'Sayings of the Week', 6 June 1987
引用文の 1番目は、Richard Branson 氏の ことば です── Richard Branson 氏は、コングロマリット の ヴァージン・グループ (その傘下には、ヴァージン・アトランティック 航空など) の創始者・会長です。ヴァージン・レコード (1973年設立) の創始者でしたが、ヴァージン・レコード は その後 EMI に売却されました──ヴァージン・レコード には、セックス・ピストルズ や カルチャー・クラブ などが所属していて、カルチャー・クラブ の世界的大 ヒット 曲 (1983年) の KARMA CHAMELEON は (私の記憶が間違っていなければ) 私が無職の頃 (あるいは、リビア 大使館の警備員をやっていたとき) に耳にして その ポップ な曲調は今でも好きです。さて、引用文の意味は、「私は慈善の独裁政権というものを信じる(信じて それを手本としている)、私が独裁者であるということが認められるのならば」 ということかな。これは自画自賛かいな (笑)。Dictatorship が慈善 (慈悲深い、親切な、やさしい (especially of people in authority) kind, helpful and generous)」 なんてことは有り得ない、だから provided that という条件をつけている。provided は、 provide の過去分詞を接続化していて、「備え付けの」 という意味をふくんでいるから、条件としても if よりも強くて (only if に近い)、可能性がありえない内容の節には用いないとのこと (「ジーニアス大英和辞典」)。欧米の人たちが Richard Branson 氏の この ことば を聞いて、どう感じるのかしら──日本に生まれて日本 (の文化・慣習の中) で育った私は、彼の ことば を聞いて (たとえ、彼が kind、helpful and generous であっても) やや不快感を覚える、「彼の言うことは そうかもしれないけれど、自らが言うことではない」 と。ただ、この ことば は文脈から切り取られた ことば なので、この ことば だけを以て彼を云々する傲慢さを私は持ちあわせていない (だから、私が感じた不快さというのは、「無し寄りの有り」 くらいの程度です (ほとんど無いに等しい)。
さて、彼の ことば を一般化すれば [ その ことば を発した彼の性質と切り離して考えてみれば ]、benevolent dictator というのは、リーダー (leader) として ひとつの理想形ではないかしら。リーダー については、かつて (2013年 8月23日に) 「反 コンピュータ 的断章」 で述べたので読んでみてください。私は、大学院を修了した後で数々の仕事 (転職 6回) に就きましたが、会社組織に制度上は帰属していたけれど、67才の今に至るまで上司 (私を指導監督する マネージャー) がいなかった──今までの仕事のなかで一番に長く (7年間) 勤めた A 社でも、上司たちは私を管理したことはなかった (私を信頼して管理しなかったのか、それとも私が制御不能の ワガママ な ヤツ だったので見放されていたのか、、、) [ 私は ちゃんと仕事をしてきて、社内 ニート (窓際族) ではなかったので、念のため (笑) ]。だから、私は、人が多数あつまって協力しながら一つの仕事を遂行するという組織形態を体験していない、私は人から管理されたことがない、それが私の強みであって、かつ弱みです。ゆえに、私は リーダー が果たすべき具体的な役割を知らない。尤も、私は自らが リーダー になりたいとも思っていない。ただ、いくつかの組織の中で働いて それぞれの組織の マネージャー たちを観てきて、私なりの リーダー 像はもっています──それぞれの組織では、立派な マネージャー たちも観てきたし、だめな マネージャー たちも観てきました、マネージャー の好い見本も悪い見本も観てきて、人々の上に立つ人物がそなえていなければならない性質として私の意見を述べたのが 2013年の 「反 コンピュータ 的断章」 のなかでの意見です。更に その意見は、それを綴った年から 8年たっているけれど変わってはいない。Benevolent dictator という語の組みあわせは、一見、矛盾している [ benevolent と dictator が矛盾している ] ように思われるけれど、そして Richard Branson 氏の発言は (日本人の私には) やや 「上から目線」 のように感じられるけれど、benevolent の性質と dictator の性質をそなえている [ benevolent だけれど単に慈悲深い・親切な・やさしいではなくて dictator として行動指針を示し、dictator として独裁に走るのではなくて benevolent として人々を気づかっている ] というのは リーダー としての立派な自覚をもっているということでしょうね。でも、彼が実際そうであっても、自ら言うに及ばない──自らの心得として心にしまっておけばいい、その評価というのは他人が下すものなのだから。
引用文の 2番目は、David Owen 氏の ことば です── David Owen 氏は、英国の第 5代外務・英連邦大臣に就任、1979年の総選挙でマーガレット・サッチャー率いる保守党に敗れ、オーウェン 氏は外務・英連邦大臣を失職。社会民主党が 1981年に結党されて その 2年後に党首。1988年に社会民主党は自由党と合併して社会自由民主党となったけれど、彼は社会自由民主党の党員にはならなかった。1992年、貴族院議員となる (なお、これらの情報は、Wikipedia から入手しました)。さて、引用文の 2番目は、1987年 6月 6日付けの 「The Observer」 に掲載された文ですが、私は彼の掲載文を読んでいないので、どういう文脈のなかでの発言なのかがわからないけれど、もし 1987年に社会民主党が平静を保ち自由党との合併をしなかったら、英国の政治を変えていただろうと彼は信じていたそうです (「The Daily Telegraph」、15 Apr 2008)。そういう意見を抱いていた頃の彼の発言なので、引用文の意味が伝えることは おおよそ わかる──引用文の意味は、「戦争の真っ最中に、もし戦いに負けたら どうするつもりかについて審議するような将軍なんていない」。社会民主党の不甲斐ない妥協に対して彼は腹に据えかねていたのでしょうね。
さて、彼の ことば を一般化すれば、「戦うときに、負けるために戦う ヤツ なんていない (戦うからには勝つことを信じて戦う)」 ということになるかな。戦いの最中に リーダー (大将をはじめとする将官たち) が不安なそぶりを見せれば、軍の士気が下がって統制がきかないでしょうね。そして、戦っていて負けると明らかにわかったときには、自軍の損失を最小にして戦いを収拾することが リーダー の役割の一つでしょう。私は軍人ではないので、大将たるにふさわしい資質を述べることができないけれど、大将がいくら有能であっても、参謀たちが 「訓練された無能」 である場合には戦いをはじめる前に勝負はわかっているのではないか──「訓練された無能」 というのは、「頭がいい [ 専門知識が豊富である ]、だが戦術について、negative (否定的な) 意見をつねに述べる」 ような性質のことです、なまじ頭がいいので反対理由を次から次へと述べることができる、こういう連中が側 (そば) に二人もいれば手に負えないでしょうね。戦略は positive に断固として決意を以て立案し、戦術は万が一のことを配慮して実施するということくらいは リーダー になるほどの人物であれば心得ているでしょう。若くて頭のいい連中は、往々にして、過信する、そして リーダー よりも自分たちのほうが能力があると錯覚する、しかし戦いの全貌の情報がすべて集まるのは リーダー の机のうえであって、個々の マネージャー の所ではない、マネージャー は (自分が戦っている局所の情報には詳しいが) 戦いの全貌を知らない、マネージャー として事務能力・管理能力に長けていても経営がつとまるわけではない。リーダーは、つねに仕事をして、非常に考えています──私が一番に長く勤めた A 社では、社長の B.T. 氏の側 (そば) で私は仕事をしていて、社長が一番に仕事しているのを つぶさに観ていました。1970年代・1980年代には A 社は日本の ソフトウェア 産業を育ててきたと言っていいくらいの ベンダー でした、B.T. 氏は つねに業界の先頭に立って次から次へと新しい ソフトウェア を日本の マーケット に投入していました──そのなかでも リレーショナル・データベース を日本に導入普及する仕事に私が就いて、今振り返ってみれば その仕事が その後の私の人生を導いた次第です。「勝つために戦う (戦って勝つ)」、そして 後手に回らない (先手を打つ) ということを私は B.T. 氏の下で学んだ。恵まれない環境の中を [ 仕事をするための諸条件 (資金や賛同者など) が必ずしも整っていないなかを)、己れの精神 (知・情・意) を以て仕事を創りだして戦い [ 己れ自身と戦い ]、仕事 (戦い) を通して ひとつの人格として自己主張すること──それが私の学んだことですが、David Owen 氏が (社会民主党の議員たちに) 訴えたかったのは、そういうことではないか。
(2021年 3月15日)