Bloomsbury Thematic Dictionary of Quotations セクション Mistrust の中で、次の文が私を惹きました。
The louder he talked of his honour, the
faster we counted our spoons.
Ralph Waldo Emerson (1803-82) US poet and essayist.
Conduct of Life, 'Worship'
Mistrust の意味は、(人・能力などを) 信頼/信用しないということ。引用文の日本語訳は、「男が自らの信用/誉れをさかんに語れば語るほど、我々は我々のスプーン が盗まれなかったか、その数をかぞえるのを急いだほうがいい [ 彼を信用する価値のないヤツと早く悟らなければならない ]」。Count the spoons の意味は、regarded as untrustworthy のこと(参照: meaning and origin of the phrase 'count the spoons')。
自らの功績を声高に話すような ヤツ は碌な ヤツ じゃないし、さらに功績がない ヤツ ほど自らを声高に宣伝したがるようですね。評判というのは求めて得られるものではないでしょう。自分についての評価は他人がするのであって、自分で言うべきことではないでしょうね。私は性質が偏屈なのかもしれないのですが、自分のことを自分で売り込むことを嫌っています。
私は フリーランス です── 37歳のときに独立開業してから今まで営業をやってこなかったし広告も出してこなかった、これは自慢しているのではない、事業であれば当然に営業活動をしたほうがいいし広告を出したほうがいい。ただ、私の性質として、私は営業・広告を嫌っているというだけの話です。営業・広告をしなかったことで私は ずいぶんと仕事の機会を逃してきたと思っています。或る意味では、私は たぶん 高慢で陰キャなのでしょう。私は事業を営むという意欲は 毛頭 ないし、仕事として私の一番の興味は自らの技術を創るということであって、その技術を改良していくうえで、自らの思考・精神の遍歴を遺すことです。40歳の頃に モデル 作成技術 (T字形 ER法) をつくる旅に出て、その技術を次第に改良して、TM として整えていく過程は、まさに私の思考・精神の遍歴でした。その意味では、40歳から 70歳近くになる今に至るまで、或る程度 満足のいく [ 納得のいく ] 仕事をできたと思っています。
「TM の会」 の会員たちと私は、TM の普及について ときどき 意見がわかれることがある。私は前述したように営業・広告を嫌っていて TM を セールス する気がないのですが、会員たちは TM を もっと普及するために私が マスコミ や講演会に登場することを強く勧めていて、会員たちと私が押し問答をくり返すことがある。彼らに言われれば言われるほど私は意固地になる (苦笑)。TM の普及は私の仕事ではない、技術を創るのが私の仕事だと思っています。その技術を創るために 25年の年月を費やしました。25年もの長い年月を要したのは、技術を創るだけではなくて、実務家 (practitioner) としてその技術の有効性を実地に検証して改善点が見つかれば改良していかなければならなかったからです。技術の改良を加える際には、実効性 (ききめ)・単純性 (使いやすさ)・整合性 (無矛盾) の 3つを統合的に──偏りのないように──調整しながら体系化を図らなければならない、その調整は 存外 時間を食う。私の力では、これをやっていくのが手いっぱいです。事業は その置かれた環境の変化に呼応して次第に変化していきます、そして、その変化に応じて TM も変化していかなければならない。今まで使ってきた技術は、環境の要請に対応できなければ捨てられるでしょう。TM も例外ではない。TM の成功事例を声高に宣伝している暇などない、つねに改良の余地を探して バージョンアップ をくり返していくしかないでしょう。成功事例などは 「過去の」 引証 (昔話)にすぎない。三島由紀夫氏の次の ことば を私は好きで いくどか 本ホームページ で引用してきました──
過去の作品は、いはばみんな排泄物だし、自分の過去の仕事
について嬉々として語る作家は、自分の排泄物をいぢつて喜ぶ
狂人に似てゐる。(「『われら』 からの遁走」)
私は、この自覚を喪いたくない。
(2023年 1月 1日)