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He who touches pitch defiles himself.

 



 荻生徂徠は、「答問書」 のなかで、以下のように述べています。(参考 1)

    詩は道徳の教えなどではなく、もっぱら言語の教えであることがわかります。
    のびのびと人の性質に通達するには、詩を学ぶ以外にありません。

 詩は読書のなかで大切な領域であることを、かつて、述べました (142ページ を参照されたい)。私は、八木重吉の詩集を愛唱しています。もし、和歌もふくめるのであれば、私は、万葉集に収録されている歌のいくつかも好きです--それらを暗唱できます。万葉集の歌では、素朴な相聞歌を私は好きです。

 私の著作は 「読みにくい」 と非難されることが多いようです。私は、作家でもないし、文学の研究家でもないので、文体について述べることができないのですが、少なくとも、記述する中身によって文体が変わることくらいは理解しているつもりです。たとえば、拙著の文体と本 ホームページ の文体と比べたら、そうとうに違うことが感じられるでしょう。論文と日記を同じ文体で綴るひとはいないでしょう。

 私が危惧している点は、ミーハー 本や journalese に慣れてしまったひとが、論文の文体を 「読みにくい」 と嘆く点です。論文には論文の文体 (作文法) があります。論文のなかには、欧米の文を翻訳して--しかも、下手な翻訳文で--日本語の文法から離脱して 「読みにくい」 文もありますが、そういう文は文体を論じる以前の問題点でしょうね。

 もし、本 ホームページ の文体 (たとえば、この エッセー の文体) で私が書物を綴れば、ページ 数が多くなるし--文が冗長になるし--、論点を追究しにくくなるでしょう。

 論文には、「議論文」 と 「学術論文」 の 2種類があります。いずれも、みずからの意見・主張を述べる文で、意見・主張を述べるために豊富な資料を材料にしていますが、「議論文」 は 一般的な問題を扱い、「学術論文」 は特殊な・専門的な問題を扱います。

 「議論文」 は、さらに、「評論」 と 「論説」 の ふたつに分けることができます。「評論」 は、(「議論文」 として、普遍的・一般的な問題を扱ういっぽうで、) 著者の個性を打ち出すことが尊重され、「論説」 は、社会一般の問題を論点にして、建設的な意見・提案を示すことが尊重されています。「評論」 は、新しい問題を提起して、それに対する みずからの意見を述べてこそ存在価値があります。いっぽうで、「論説」 は、どちらかと言えば、(大衆の意見を) 「代弁」 するという態度になるでしょうね。

 私は、学者ではないので、私の書き物は、(「学術論文」 ではなくて、) 「評論」 (あるいは、「論説」) です。そして、私は、「評論」 の作文法を守って、いままで、執筆してきたつもりです。それらの文は、ブログ として綴った文でもなければ、雑誌に寄稿するために綴った文でもない。

 ただ、私の初期の著作では、「評論 (独自の意見)」 を重視するがあまりに、ことば のみが力 (りき) んでしまったことを恥じています。「黒本 (T字形 ER データベース 設計技法)」 以前の著作を--「黒本」 をふくめて--、私は、後悔が先立って読み返すことができない。それらの著作は、「論考 (論理 データベース 論考)」 や 「赤本 (データベース 設計論)」 に比べて、「読みやすい」 のですが、後悔が先立って、読み返すことができない。そして、その後悔とは、「意見を述べることに対して、せっかちであった」 ということです。徂徠は、以下のように言っています。(参考 2)

    第二に、文章のためというのは、文章には大別して叙事体と議論体との二つ
    の文体がありますが、宋儒の書物は、みな議論ばかりで、叙事がありません。
    文章というものは、叙事を第一といたしますが、宋儒の書物を見ていたので
    は叙事体は書けません。それに また朱子学者の文章は前にも申しましたよう
    に律儀に書いた俗文というものです。ですから、言葉に風雅なところがなく、
    卑俗な文字ばかり使うので、これに慣れると、その調子が移り、どんなに練習
    しても注釈のような文章になって、真の名文は書けません。これが文章のため
    の害です。

 


(参考 1) 「荻生徂徠」、尾藤正英 責任編集、中公 バックス 日本の名著、中央公論社、
    357 ページ。引用した訳文は、前野直彬 氏の訳文である。

(参考 2) 「荻生徂徠」、尾藤正英 責任編集、中公 バックス 日本の名著、中央公論社、
    354 ページ。引用した訳文は、前野直彬 氏の訳文である。

 
 (2007年 8月 8日)


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