前回 (2008年11月 1日)、ウィトゲンシュタイン が ブラームス について語った以下の文を引用しました。
ブラームス は メンデルスゾーン が中途半端な きびしさでやったことを、
完全な きびしさでやっている。あるいは、ブラームス は しばしば、誤り
のない メンデルスゾーン である [ と、言えよう ]。
たしかに、ふたり (メンデルスゾーン と ブラームス) の作品を聴き較べてみると、ブラームス のほうが 「カチッとした (堅固さの)」 印象を与えますね。私は、ブラームス を好きですが、メンデルスゾーン のほうを いっそう好んでいます。特に、メンデルスゾーン の交響曲第三番を私は好きです。
メンデルスゾーン の交響曲第三番は、「スコットランド」 という副題が付されています。しかし、この曲は、いわゆる 「標題音楽」 ではない、と言われています。メンデルスゾーン が スコットランド を旅したときに感じた情緒を音に託して表現した絶対音楽とのこと。かれの交響曲第四番は 「イタリア」 という副題が付されていて、「スコットランド」 と 「イタリア」 を聴き較べてみれば、それぞれ、かれが旅のなかで感じた情緒を音で表したことが理解できるでしょう──交響曲第三番の副題と交響曲第四番の副題を入れ替えることはできないでしょうね。
交響曲第三番は、哀愁を帯びた旋律で始まります。私は、この旋律を大好きです。交響曲第三番の曲調は以下のとおり。
(1) 第一楽章 アンダンテ
(2) 第二楽章 スケルツォ
(3) 第三楽章 アダージョ
(4) 第四楽章 アレグロ
この構成法で興味深い点は、ふつうなら、第二楽章で使われる アダージョ と第三楽章で使われる スケルツォ を入れ替えている点です。しかも、これら四楽章を切れ目なしで演奏するようにしている点です。私は、この曲を聴いていて、ふたつの主題を感じます──すなわち、哀愁の旋律 (悲劇性) と戦いの旋律 (好戦性) と。
ウィトゲンシュタイン は、「雑考」 ノート のなかで、メンデルスゾーン のことを 「どこまでいっても広大な野原」 のようだと記していましたが、私は、その印象を交響曲第三番 (および、交響曲第四番) で強く感じます──良い意味でも悪い意味でも。
メンデルスゾーン は交響曲を 4 つ作曲していますが、交響曲第三番は、三番と付番されていますが、完成がおくれて、(この交響曲のあとで書き始められた第四番のほうが先に公表されて) 「最後の」 交響曲です。メンデルスゾーン は指揮者としても有能だったそうで、交響曲第三番が完成すると ロンドン で みずから公演して、聴衆の熱狂を浴び、この曲を ヴィクトリア 女王に捧げています。(参考)
(参考)
メンデルスゾーン は、スコットランド を 「遠い異国」 として憧れていて、ウォルター・スコット の歴史小説・戯曲を愛読していたそうです。スコットランド への旅が実現したのは、1829 年の夏 (20歳) だったとのこと。当時は列車がないので、駅馬車での旅でした。ホーリルード を訪れたときに、かれは、「悲劇の女王」 メリー・スチュアート が住んでいた宮殿を訪れています。メリー・スチュアート 女王の悲劇を ここで綴ると長くなるので割愛しますが、交響曲第三番を語るときに、つねに、エピソード として言及される 「悲劇的な実話」 です。ホーリルード 宮殿を見物したあとで、かれは スコットランド 縦断の旅を続けています。そして、この旅の収穫として、交響曲第三番と 序曲 「フィンガル の洞窟」 を作曲しています。ちなみに、メンデルスゾーン が交響曲第三番を捧げた ヴィクトリア 女王は、奇しくも、メリー・スチュアート の九代目の子孫だそうです。
(2008年11月 8日)