日本において、「評論」 は、芸術作品に較べて一段低い性質のように思われがちですが、「評論」 が 「文学作品」 であり得る (あるいは、「なり得る」) ことを示した人物が小林秀雄 氏です。小林秀雄 氏のすごさを知るには、たとえば、第一級の小説家 三島由紀夫 氏が認 (したた) めた 「文学評論集」 と、小林秀雄 氏の評論集とを読み比べてみればいいでしょう。
三島由紀夫 氏は川端康成 氏を師と仰いだ小説家で──ふたりの往復書簡が出版されていますが──、川端康成 氏は日本人文学者で初めて ノーベル 賞を受賞しましたが、川端康成 氏が 「三島くんのほうが先だと思っていた」 と言ったほどですので、三島由紀夫 氏の作家としての力量を推し量ることができるでしょう。私は、三島由紀夫 氏の作品を好きですが、作品は構成された人為的な産物であって、かならずしも、作家の考えかたを伝える手段ではないので──特に、三島由紀夫 氏は 「私小説」 を嫌っていましたし──、かれの考えかたが素直に現れているのは、「文学評論集」 や ミーハー 本 (たとえば、かれが雑誌 「パンチ Oh !」 に連載した エッセー を集成 した 「若き サムライ のために」(日本教文社)) などのほうでしょうね。「文学評論集」 を読んでわかったことは、三島由紀夫 氏は、日本古典文学をはじめとして、西洋の哲学書などをふくめて多量の書物を読んでいたということです。
小林秀雄 氏も かれの著作 「私小説論」 のなかで、日本の作家の 「私」 が社会との交渉がないままに曖昧に絶対化された概念であって、「私小説」 が単なる技巧上の工夫にしかならず、「個人」 という概念の意味を問うことができなかった、と説いています──この文は、「反 コンピュータ 的断章」 で、システム・エンジニア の罠として引用したいような文ですね (笑)。
三島由紀夫 氏の 「文学評論集」 のなかに、(未発表の) 「古今集と新古今集」 が収録されています。この評論と、小林秀雄 氏が 「古今集」 「新古今集」 について綴っている評論を読み比べてみれば興味深いでしょう。そして、作家 (三島由紀夫 氏) が どちらかといえば、文を綴る際に 「文体」 を意識しないで 「哲学的な」 接近法を試みているのに対して、評論家 (小林秀雄 氏) のほうは、あきらかに 「かれの作」 とわかるほどの 「文体」 を刻んでいます。
三島由紀夫 氏の著作 「裸体と衣裳」 (日記風の随筆) のなかで、(昭和 33年の) 12月 17日付けで、以下の文が綴られています。
午後三時、小林秀雄氏の野間賞授賞式が東京会館で盛大に
行はれ、それに参列して、小林氏の受賞の挨拶の、ぶつきら棒
の内にある何ともいへない イキ な味はひを喜んだ。
小林秀雄 氏の この性質は、かれの文体にも現れていますね。そして、私は、かれの文体が好きです。
(2008年12月 8日)