anti-daily-life-20121016
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Those who have something will be given more,... (Mark 4-25)

 



 小林秀雄氏は、「私小説論」 の中で以下の文を綴っています。

     社会的伝統というものは奇怪なものだ。これがない
    ところに文学的 リアリティ というものもまた考えられない
    とは一層奇怪なことである。伝統主義がいいか悪いか
    問題ではない、伝統というものが、実際に僕らに働いて
    いる力の分析が、僕らの能力を超えている事が、言い
    たいのだ。作家が扱う題材が、社会的伝統のうちに生き
    ているものなら、作家がこれに手を加えなくても、読者
    の心にある共感を齎す。そういう題材そのものの持って
    いる魅力の上に、作者は一体どれだけの魅力を、新しい
    見方により考え方によって附加し得るか。これは僕は
    以前から疑わしく思っていた事である。題材でなくても
    よい。ただ一つの単語でもよい。言葉にも物質のように
    様々な比重があるので、言葉は社会化し歴史化するに
    準じて、言わばその比重を増すのである。どのように
    巧み発明された新語も、長い間人間の脂や汗や血や肉
    が染みこんで生きつづけている言葉の魅力には及ば
    ない。どんな大詩人でも比重の少ない言葉をあつめて、
    人を魅惑する事は出来ない。小は単語から大は一般
    言語に至るまで、その伝統が急速に破れて行く今日、
    新しい作家たちは何によって新しい文学的 リアリティ
    を獲得しようとしているのか。

 文学が成り立ち難い時代になった事を小林秀雄氏は述べています。「私小説論」 が綴られた年代は、1935年です──今から約 80年前です。現代では、その様相は、もっと深刻になっているでしょう。小林秀雄氏は、「私小説論」 の中の他の文で、いわゆる 「髷物 (時代劇)」 が ウケ ている事を述べていますが、現代では、髷物も以前ほどに ウケ てはいないのではないか──NHK テレビ 番組の 「大河 ドラマ」 くらいが安定した視聴率を獲っているのではないか。私自身は 20才以後に 「大河 ドラマ」 を観た事は一度もない。私が子どもの頃には、髷物は多かった様に記憶しています──そして、私も 「大河 ドラマ」 を高校を卒業するまでは観ていました、緒形拳さんが演じた弁慶や豊臣秀吉は、今以て記憶が甦るし、テレビ 番組 シリーズ の 「三匹が斬る」 「鬼平犯科帳」 を私は観ていました。大学生になって髷物を観なくなった理由は──髷物に限らないので、テレビ 番組を観なくなった理由は──下宿では テレビ を持っていなかったという事にすぎなかったのですが、大学院生になって テレビ を買っても髷物を観なくなった。

 現代人に 「忠臣蔵」 が果たして ウケ るかしら [ ウケ ないのではないかしら ]。私自身の事を言えば、「Suite Life」 「The Mentalist」 「LAW&ORDER」 という英語番組を好んで観ても、日本の時代劇を観たいとは一向思わない。日本は高齢化社会になったと謂われながらも、(年寄りが好むと云われている) 髷物が ウケ ないのはどうしてかしら──テレビ や文学の他にも興味をそそる media が増えた [ たとえば、The Internet や SNS など ] というのは事実ですが、髷物が魅力をもっていれば廃らない筈なので、伝統に対する現代人の感性が徐々に変わっているのではないかしら。小林秀雄氏が いみじくも 80年前に言った様に、「小は単語から大は一般言語に至るまで、その伝統が急速に破れて行く今日、新しい作家たちは何によって新しい文学的 リアリティ を獲得しようとしているのか」 という問題は いっそう切実になっているのではないかしら。

 村上春樹氏の小説を読んだ ヨーロッパ 人が 「(日本という独自の) 文化の違いを感じない」 と言っていたけれど、ほんとうにそうなのかしら、、、[ ちなみに、私は村上春樹氏の小説を一つも読んでいない事を注書きして置きます ]。私は英語に慣れ親しんでいるつもりだけれど、英語の現代小説を読んでいて (あるいは、英語の テレビ 番組を観ていて) 文化の違いを強烈に感じているので、その逆の伝達が文化の違いを感じないとは私には想像できない。

 クラシック 音楽では小沢征爾さんが国界を越えた様に、日本文学でも、(明治時代以後、日本の学校が英語教育に費やした年数を鑑みれば、) もうそろそろ英語で小説を綴る日本人作家が生まれてもいいのではないか。そういう文学的実験を私は期待しています。

 
 (2012年10月16日)


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