200781

特論-14 T字形 ER手法 (その 4[ 「論考」 の流用 ]

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201271日 補遺

 



 本節の副題が 「『論理哲学論考』 の流用」 となっているように、TM (T字形 ER手法) は、ウィトゲンシュタイン 作 「論理哲学論考」 を底本にして作られました。「論理哲学論考」 の考えかたを TM のなかで どのようにして使ったか という点については、特論-11 「理論的な根拠」 および特論-12 「対照表の根拠」 のなかで綴りました。本節は、それらの節を、べつの観点から まとめた最終節です。「べつの観点から まとめた」 というのは、以下の 「問題意識」 に沿って まとめたということです。

  「モデル として、現実の事態を、いかにして、コンピュータ のなかに記述するか」

 私 (佐藤正美) は、SDLC System Development Life Cycle、具体的には、工程を分析・設計・製造・保守として考える) を納得していますが、SDLC を実現する やりかた として ウォータフォール (waterfall) 式を認めてはいません。そして、ウォータフォール 式の アンチテーゼ として、SDI/RAD を作りました。
 データ 構造を作るという観点から言えば、一般的に、SDLC 上、分析段階で 「概念設計」 が実施され、設計段階で 「論理設計および物理設計」 が実施される、とされています。物理設計は、実際に使用する データベース (プロダクト としての DBMS) を考慮して、「前工程の アウトプット」 を実装形として調整することだとすれば、物理設計は、かならず、実施しなければならないでしょうね。さて、ここで論点になるのは、「前工程の アウトプット」 には、論理設計と概念設計という 2つの設計があるということです。この 2つの設計を 2つの集合として考えれば--集合 A を概念設計とし、集合 B を論理設計として考えれば--、以下の関係のなかで いずれの関係にあるか が論点となります。

 (1) 集合 A と集合 B は、べつべつの集合である。
 (2) 集合 A は、集合 B をふくんで、さらに拡がっている。
 (3) 集合 B は、集合 A をふくんで、さらに拡がっている。
 (4) 集合 A と集合 B は、いちぶ、まじわる。
 (5) 集合 A と集合 B は、同じ外延である。

 オノマシオロジー (あるいは、記述的意味論) の立場にたつひとは、「事業過程 (購買過程・生産過程・販売過程・労務過程・財務過程などの実際の作業工程)」 そのものを分析対象にして、(2) を主張するでしょうね。もし、そうするのであれば、「事業過程」 そのものを分析した アウトプット を、(事業過程を管理している)「管理過程 (購買管理・生産管理・販売管理・労務管理・財務管理などの管理工程)」 の構造と対比して、管理過程から乖離している事業上の手続きの妥当性を検討して、管理過程の効率性・効果性を吟味しなければならないでしょう。そして、それをやるためには、当然ながら、管理過程の構造も正確に記述されていなければならないでしょう。というのは、被定義語 (事業過程) と定義語 (管理過程) の 2つとも理解されていなければ、対比はできないから。そして、1つの 「構造」 は 「個体と関係」 で記述されるならば、事業過程を記述するには、事業過程のなかで 「個体」 として認知されるのは、どういう対象なのかの判断規準がなければならないでしょうし、はたして、事業過程を対象にして、(事業過程のなかで仕事している人たちが合意している) 「『すべての』 個体」 を捕捉することができるのかしら。

 事業過程に対しては管理過程という モデル が、すでに、存在しています。すなわち、「計画・管理」 は、現実の事態 (事業過程) に先行していると言って良いでしょう。事業過程と管理過程のあいだに、すでに、「なんらかの」 関係が生じているのであれば、(オノマシオロジー ではなくて、) セマシオロジー (あるいは、論理的意味論) の やりかた のほうが効率的でしょう。つまり、管理過程に対して 「構造」 を与えて、その 「構造」 と現実事態 (事業過程) との指示関係を調べるほうが効率的でしょう。

 私は、セマシオロジー の観点から TM を作りました。すなわち、管理過程のなかで使われている語-言語を対象にして 「意味の構造」 を、まず、作って、現実事態との指示関係を調べるという やりかた を私はTM として採用しました。したがって、私は、論理設計を データ 設計の中核にして、概念設計を認めていない。
 私は、「論理哲学論考」 のなかに記されている以下の文を TM の礎石としました。

  31432
  「複合記号 'aRb' は、『a b に対して、関係 R にある』 ということを語っている。」 これは正しくない。
  「『'a' 'b' に対して、ある関係にある』 ということは aRb ということを語っている。」 これが正しい。

  3144
  状況を記述することはできる。だが、それを名ざすことはできない。

 
 「論理哲学論考」 の文のなかで apostrophe ') を使って記されている語 -- 'a' 'b' -- は、(「論理哲学論考」 のなかでは、理想的な人工言語で作られた要素命題を示していますが、) 一般的に、語-言語と思って良いでしょう。ちなみに、ウィトゲンシュタイン は、要素命題 ('a' とか 'b') に関する解釈を、後々 (「哲学探究」 のなかで)、間違っていたとして訂正して、「言語 ゲーム」 の考えかたを示しました。ただ、前期の 「論理哲学論考」 でも 後期の 「哲学探究」 でも、かれは、一貫して、「語-言語の意味」 が いかにして成立するかを追究しました。かれの考えかたは、「指示 (前期) ---> 検証・文法 (中期) ---> 合意 (後期)」 というふうに 「脱皮」 していきました。

 TM は、当初、ウィトゲンシュタイン 作 「論理哲学論考」 を底本にして、(主選言標準形を正規形にして、) 真理値表を 「関係」 の記述として考えました。しかし、管理過程のなかで使われている語-言語のなかに、コード 体系が導入されていて、「事態 (TM でいう 『event』)」 も語-言語で指示されています。そのために、「個体 (TM でいう 『resource』)」 のあいだに生じる 「関係」 を真理値表で記述しても--たとえば、個体 a resource) と個体 b resource) が組になって関係 R event) を対照表として記述しても--、それらの個体 (resource) が作る事態 (event) を、たとえ、事態に対して個体指示子 (認知番号) が付与されているとしても--言い換えれば、「モノ (個体) と関係は同一 レベル にある」 としても--、真理値表のなかで、「個体 (resource)」 と 「関係 (event)」 を同列に記述することはできない。なぜなら、事態の真・偽には個体の真・偽が前提とされるから。そのために、TM は、「関係文法」 として、ホワイトヘッド が示した個体概念を援用しました。そして、ホワイトヘッド の個体概念を基礎にして、「個体 (resource) が事態 (event) に関与する [ ingression ]」 という 「関係文法」 を作って、個体どうしの関係は真理値表で示し、個体と事態とのあいだは、事態のなかに個体が侵入するという構成にしました。

 TM は、語-言語 (しかも、自然言語) を材料にして 「意味の構造」 を記述するので、「合意」 とか 「文法」 を重視していますが--これを正当化条件と言って良いでしょう--、「指示」 を排除している訳ではない--真理条件を排除している訳ではない。セマシオロジー に立っている TM は、論理的意味論の手法ですから、真理条件として、カルナップ の示した 「事実的な F-真、導出的な L-真」 概念を導入しました。

 以上のようにして、TM を整えてきたのですが、TM のなかで唯一説明できない事態が 「one-header-many-details (以下、HDR-DTL)」 でした。単純な多値関数であれば--それが、OR 関係であれ、AND 関係であれ--TM の関係文法のなかで多値を除去することはできるのですが、HDR-DTL は、多値関数であり、かつ、合成関数 (関数の関数) という現象なので、「モノ (個体) と関係は同一 レベル にある」 という前提から導かれない現象です。この点に関しては、特論-13 「その 3 [ 限界 ]」 のなかで記述したので、参照して下さい。

 なお、TM は、2値 ロジック を前提にしているので、null を認めていない点を強調しておきます。null に対しては、4値 ロジック (コッド 関係 モデル) か 2値 ロジック (TM) を使うべきであって、3値 ロジック を使うのは危険です。たとえば、「p ⇒ q p ならば q)」 は、「¬p ∨ q」 と同値ですが、もし、p として null を使えば、3値 ロジック では、¬p null とされています。プロダクト としての RDB は、4値 ロジック を導入しないで、null を認めているので、3値 ロジック を導入していると思って良いでしょう。とすれば、null を、できうるかぎり、使わないようにするのが 「データ 設計の鉄則」 です。



[ 補遺 ] 201271日)

 本文には説明の足らない箇所が幾つか存しますが、全体を通して TM の考えかたを把握できるように綴られてるので、補足説明を取り立てて入れる事もないでしょう。TM を一言でいえば、「論理的意味論」 の技術だと思って間違いない。その考えかたは、「真理値表 (主選言形式 (「関係」 の論理的可能性)) → 「合意」 された概念 (ユーザ 言語の観察述語 (主題+条件)) → L-真・F-真の導入」 というふうに拡充されて来ました。





 

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