思想の花びら 2022年12月15日


 ●  アラン (哲学者) のことば

  こういう気の短い人は、自分で指揮をとって考えないような人は自由な人とはいわれないと断ずるが、そう断ずる人こそ、おのれの要求に従って考えている以上、自由な人とはいえぬと僕なら言いたい。だから、自分とはなにものかと探索してはならぬ、そんなものはみな対象であって君ではないのだから。

 



 ●  亀井勝一郎 (批評家) のことば

  第二は拒絶の精神である。拒絶の精神とは、肯定するにしても否定するにしても、そこで自己に対しきびしくあることである。様々の問題に対して、我々はどうしても決断しなければならないときがある。しかも人間の決断にはさまざまな欠陥が伴う。ともすれば独断と化しやすい。そうかと言って、あれもこれもわかると言った風に、不決断のまま動揺していいだろうか。たとえ動揺はやむをえないにしても、そのために八方美人的に、事を曖昧にしておいていいだろうか。決断というものの、悲しいほどのきびしさに思いを致さなければならぬ。
  人生を生きてゆく上には、一つのもののために他のものを拒絶する精神が必要である。拒絶のないところに精神の形成はありえない。

 


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