思想の花びら | 2023年 6月 1日 |
● アラン (哲学者) のことば
礼儀は、ある思想なり意図なりを隠すところに成り立つより、むしろわれ知らずみずから願わぬ意味を相手に感じさす身ぶりや表情を整頓するところに成立していることがわかる。自分の言行を危ぶんだり筋肉の自然な反応をおさえようとしたりすることは、礼儀としては甚だ拙劣なものをもたらすということも注意しなければならぬ、なぜかというと、そういうことは身体がこわばるとか顔が赤くなるとかいうさまざまな徴候となって現われるもので、だれでもなにか隠しているなと感づく、要するに明瞭な侮辱と同じように相手の感情をかきたてる始末になるからだ。だから礼儀とは、おのれの欲するところ以外は相手に知らさぬようにする表現の体操のようなものだ。礼儀は言語と同様に国々によって異なるが、平静と適度とはあらゆる国々の礼儀である。
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● 亀井勝一郎 (批評家) のことば
エロス は成熟した肉体に子供を産ましめるだけではない。成熟した魂に芸術や哲学や道徳をも産ましめる。この双方を同時的に促す力である。そして、特に魂の妊娠が重くみられ、恋愛論の核心がここにおかれている点に理想主義哲学者としての プラトン の面目がうかがわれる。恋愛は肉体を動機として起るが、同時に高度の精神現象として語られている。
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