2006年 3月 1日 作成 TM の無矛盾性・完全性 >> 目次 (テーマ ごと)
2010年 4月 1日 補遺  


 
 拙著 「論理 データベース 論考」 を出版した際、「T字形 ER手法は無矛盾性・完全性が証明されている」 というふうに記述していながら、本文では、その証明式 (数式) が、一切、綴られていないことに対して読者は怪訝に思われたことでしょう。

 当初、TM (T字形 ER手法) の無矛盾性・完全性を証明する際、少々、省力化して、コッド 関係 モデル の完全性を前提にして、「初等的拡張」 を導入しようとしましたが、諦めました。(注)

 この点を理解するためには、モデル 理論を知っていなければならないのですが、「麗質 (resplendent)」 という概念を使って、完全性を証明されている コッド 関係 モデル に対して、(コッド 関係 モデル に属さない) 「有限個の記号列 (論理式)」 を追加して無矛盾性であれば、記号列を適当に解釈して、追加された記号列の関数を 「真」 にできるという初等的拡大を導入するつもりでした。

 TM では、entity は以下のように定義されています。

  entity である = Df 認知番号が付与されている対象である。

 この点は、コッド 関係 モデル でも、対象は記号化されているという前提を導入しているので同じです。TM が コッド 関係 モデル と相違する点は、それらの対象を 「event と resource」 というふうに類別した点です。entity と 「event および resource」 は同値類です。Entity である (x) ≡ Entity である (event ∪ resource).すなわち、コッド 関係 モデル が対象としている変数の セット を 2つの サブセット に類別しただけです。そして、その記号列の解釈として、「event あるいは resource」 概念を導入しました。そして、「event あるいは resource」 が矛盾しないように、event を定義して、resource を 「event の補集合」 として扱っています。
 つまり、「コッド 関係 モデル ∪ {ψ} 」 という構造にして、無矛盾性を実現しようと計画しました。もし、このままであれば、コッド 関係 モデル に対して初等的拡大が存在して、コッド 関係 モデル のなかで ψ を扱うことができるのですが、最大の懸案事項になった点は、「関係」 に対して関数従属性を使わないで、独自の解釈を導入したという点です。すなわち、以下の 4つの関係文法を TM は導入しています。

 (1) event 対 resource
 (2) event 対 event
 (3) rerouce 対 resource
 (4) 再帰

 これらの関係文法は、意味論を前提にして導入されました。
 関係の論理 aRb は、もし、関係を関数として扱えば、R (a, b) として考えて、変数に対して関数従属性あるいは半順序を適用することができるのですが、TM では、関係の対称性・非対称性を意味論的に解釈して、event (関係の非対称性を示す性質がある) と resource (関係の対称性を示す性質がある) として扱うことにしました。そのために、aRb を関数として扱わないで、第一階の述語論理のなかで、a および b をentity (実 データ) として、R を entity のあいだに成立する関連として考えて、上述した 4つの関係文法を導入しました。

 TM の関係文法では、entity を前提にして、「構造」 を作るようになっています。つまり、「構造」 は、まず、entity を使って構成するようになっています。したがって、「構造」 は、かならず、前提 (entity) から導出されるので、証明可能性を実現しています。
 再帰は、グラフ 理論を前提にすれば、すぐに証明できるのですが、ただ、単純定義域ではないので、コッド 関係 モデル のいう正規形にはならない。そのために、TM のなかに導入した概念が 「構成表」 です。
 「構成表」 として、以下の 4つを導入しました。

 (1) HDR-DTL 構成
 (2) 対応表
 (3) 対照表
 (4) 再帰表

 HDR-DTL 構成は、「event 対 resource」 の 「複数-対-複数」 (多値関数) に対応するために導入され、対応表は、「event 対 event」 の多値関数に対応するために、そして、対照表は、「resource 対 resource」 の多値関数に対応するために導入されました。
 ただ、対照表は、多値関数に対応するために導入されたのではなくて、「resource 対 resource」 であれば、「one-to-one correspondence」 の現象であっても、作ります。この対照表が、TM の最大特徴になっている点です。対照表は、基本的には、「集合 オブジェクト」 (「集合の集合」 あるいは 「関数の関数」 のなかで、集合のあいだに並びを問わない) を示しています。ただし、「基本的に」 と言ったように、対照表は、ときには、「組 オブジェクト」 を示す(集合を並べて組みにする) こともあります。
 言い換えれば、対照表は、第一階の述語論理を超える概念です。そして、対照表は、複合定義域なので、コッド 関係 モデル では、(多値関数に対応する事態を除けば、) 非正規形とされます。

 そのために、TM は、純粋な数学的 ソリューション ではなくて、哲学的 ソリューション を導入しました。すなわち、実体主義を前提にして、aRb のなかで、a および b を 「持続的な事物」 として、R を 「生起する できごと」 として考えて、a および b が、R に関与 (ingression) するという考えかたを導入しました。この考えかたは、ホワイトヘッド 氏の形而上学と パース 氏の形而上学を転用しています。
 したがって、従業員とか部門とか商品は、a および b として認知され、受注とか契約は R として認知されます。ただし、TM では、entity は 「認知番号が付与された対象」 としているので、受注とか契約は受注番号とか契約番号が付与されていれば、TM では、entity とされます。つまり、R が a および b として認知されるということです。言い換えれば、従業員とか部門のあいだに成立する関係は、R すなわち対照表 {従業員番号 (R)、部門 コート゛ (R)} として構成されて 「配属」 という できごと を指示するのですが、いっぽうで、受注は R {顧客番号 (R)、商品番号 (R)} として構成されて、かつ、受注番号を付与されているので、受注を指示する R が、entity (event) として認知されます。したがって、「構成」 は R のなかで演算する──(R) を扱う──のが基本形ですが、R の性質を継承している event のなかでも演算するようにしました。

 TM の entity は、コッド 関係 モデル の関数従属性を満たしているのですが、推移従属性に関しては、TM と コッド 関係 モデル では、相違点が出ます。たとえば、以下を考えてみます。

 {受注番号、受注日、直送先名称、直送先住所、・・・}.

 直送先名称と直送先住所は、推移従属性が成立します。したがって、コッド 関係 モデル では、以下のように構成 (table) を分割します。

 {受注番号、受注日、直送先名称 (R)、・・・}.
 {直送先名称、直送先住所、・・・}.

 しかし、TM' では、意味論を強く適用して、以下のように分割します。

 {受注番号、受注日、・・・}.
 {受注番号 (R)、直送先名称、直送先住所、・・・}.

 これが、TM の拡張として用意した TM' です。TM' は、TM に対して、「みなし entity」 と 「みなし スーパーセット (概念的 スーパーセット)」 を導入した体系です。
 コッド 関係 モデル の推移従属性と TM' の 「みなし entity」 を比べたら、TM' では、「同じ」 直送先住所が、いくども、記録されます。したがって、TM' では、データ の重複が生じているのではないか──単純定義域の正規形にはなっていないのではないか──という疑問点が起こるでしょう。この点が、コッド 関係 モデル のいう 「対象は、すでに、記号化されている」 (および、単純定義域) という前提と、TM のいう entity の定義が乖離している点です。つまり、推移従属性を除去するための primary-key の扱いです。もし、直送先名称が、たとえば、略称のように、あたかも、認知番号のように使われているのであれば、TM でも、{直送先名称、直送先住所、・・・} という entity を認知しますが、受注伝票に記入されている直送先名称および直送先住所は、つど、入力する形態なので、単独の entity として認知しないというのが 「事実」 を示しているのではないでしょうか。TM' は、推移従属性に対応しています。

 さて、「構成表」 は複合定義域なので、コッド 関係 モデル では、非正規形とされます。対応表および再帰表は、数学上、簡単に説明できるのですが、ぼくが、最大に苦しんだ点は、対照表と HDR-DTL 構成でした。「対照表は R を示して、かつ、もし、取引日が帰属すれば、event と同値である──ただし、認知番号が付与されていない──」 ことを説明できたのですが、論点になったのは、「構成」 のみを示す──したがって、取引日が帰属しない──対照表の扱いです。
 対照表を event 系と 構成系 とに類別するために導入した意味論的判断が事実的な 「F-真」 概念および導出的な 「L-真」 概念です。「F-真」 概念は、取引日の帰属性に比べて、もっと広い概念です。というのは、取引日が帰属しなくても、「構成」 そのものが 「F-真」 を示す現象は、多々、起こります。たとえば、以下を考えてみます。

 {銀行 コート゛ (R)、支店番号 (R)、支店名称、・・・}.

 この対照表は、「銀行支店」 を指示しています。言い換えれば、支店番号を付与された 「支店」 entity は、支店そのものを指示しない。支店番号は、あくまで、合意されて導入された認知番号にすぎない。実際の 「支店」 を示すのは対照表です。したがって、この対照表は、「F-真」 を示しています。さて、(取引日が帰属して event を指示する対照表のほかに、) 「構成」 そのものが「F-真」 を示す対照表を resource として扱うかどうかという点が論点になります。

 TM は第一階の述語論理のなかで 「個体 (実 データ) と集合」 を対象して、高階の述語論理 (集合の集合) を導入しなかった。そして、TM (および、TM') は、「物と関係は同じ次元にある」 ことを前提にして、推論と作図を同じ次元で扱い、作図のなかで完全性 (導出規則、証明、および意味論) を扱うことにしました。つまり、TMD (TM Diagram) が、そのまま、証明図となるようにしました。そのために、「構成」 そのものが「F-真」 を示す対照表を resource 的推論規約を使いながら──たとえば、対照表と event との関連では、対照表の (R) を event のほうに継承すること──、(あるいは、いっぽうで、概念的 スーパーセット を導入しながらも、それは、あくまで、概念のまとめとして使って、) 「集合の集合」 を導入することはしなかった。

 以上をまとめれば、TM (および TM') では、作図が推論になって証明図として作用して、「真」 概念として、事実的な 「F-真」 と導出的な 「L-真」 を導入し、以下の 2点を実現する体系としました。

 (1) 指示規則 (「F-真」 概念、event と resource)
 (2) 生成規則 (「L-真」 概念、構成表)

 つまり、個体認知を起点にして関係を生成するという文法にしました。この点は、関係のなかで個体を認知する コッド 関係 モデル とは対照的な構成になりました。そして、「L-真」 として導出された構成表が 「F-真」 を示すことがあっても、文法上は、event と resource に対して適用している規則を使いますが、「集合の集合」 を event あるいは resource として認知することはしない、と。

 
(注) 「初等的 (elementary)」 という用語は、タルスキー を祖とする バークレー 学派の用語で、述語論理 (第一階の述語論理) と同義に使われている。



[ 補遺 ] (2010年 3月16日)

 本 エッセー で述べられている中身で 「重大な」 1点を訂正しなければならない──申し訳ない。
 訂正しなければならない点は、以下の点です。

 (1) 指示規則 (「F-真」 概念、event と resource)
 (2) 生成規則 (「L-真」 概念、構成表)

 つまり、「結論」 とも云える説を訂正しなければならない。
 間違いは、(1) です。

 (1) において、指示規則として──すなわち、「F-真」 として──「event と resource」 を示しましたが、「event と resource」 は 「F-真」 には、かならずしも、ならない。「event と resource」 は、言語の使用のなかで、「合意された認知」 として個体指定子を付与された対象であって、それらが、かならずしも、現実的事態として生起している訳ではない──特に、resource では。たとえば、「カラー・コード」 を付与されて認知されている カラー (色) は、その値として 「青」 が存在するときに、その 「青」 は 「実在」 する訳ではなくて、あくまで、抽象的な概念──くり返し使われる抽象概念──です。同じように、「分類 コード」 を付与されて認知された 「分類」 は──たとえば、{ 分類 コード、分類名称 }──は、「実在」 する事物ではなくて、くり返し使われる抽象概念です。

 すなわち、TM (T字形 ER手法の改良版) において、個体指定子を付与されて認知される entity は、現実的事態と対比して確認される 「F-真」 を示しているのではなくて、「合意された認知」 を前提にして生成された集合 (セット) である、ということです。

 「F-真」 概念は、拙著 「赤本 (データベース 設計論)」 で導入された概念です──「F-真」 概念 [ 「F-真」 と 「L-真」 ] は、カルナップ 氏の 「真」 概念を借用しました。そして、私は、「赤本」 のなかで、(1) と同じことを綴った間違いを犯しています──52ページ (の最後) に以下の間違いを綴っています。

    対象に対して 「F-真」 を実現している語として、とりあえず、コード 体系の記述を使う。

 その間違いを訂正するために、私は、「いざない」 を執筆しなければならなかった。すなわち、モデル の正当化条件・構成要件を 再度 検討しなければならなかった次第です。そして、TM は、いま、以下の正当化条件を前提にしています。

    「合意された認知」 → 文法で構成された L-真 → 現実的事態と対比された F-真.

 つまり、「合意された認知」 の集合を使って、関係文法を適用した構成物が 「L-真」 (無矛盾性、生成規則) を示して、「L-真」 の構成物のなかで、現実的事態と対比したときに、現実的事態と一致する構成物が 「F-真」 (完全性、指示規則) を示す、と。





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