2008年12月16日 「技術編-18 対照表、L-真と F-真」 を読む >> 目次にもどる
2017年10月 1日 補遺  


 

 本書 「赤本」 で、かつての 「T字形 ER手法」 を、「TM」 という呼称に変えました。呼称を変えた理由は、T字形 ER手法を 「構文論と意味論」 の観点に立って検討し直して、再体系化したからです。変更点は、以下のように まとめることができるかもしれない。

  (1) 意味論上、「(導出的な) L-真と (事実的な) F-真」 を導入した。
  (2) 構文論上、「関数」 概念を いっそう強く適用した。
  (3) 構文論上、セット 概念のほかに、クラス 概念を導入した。

 以上に まとめたように、これらの変更点は、「T字形 ER手法」 の全体に影響を及ぼす根本的な変更なので、それを機に、「T字形 ER手法」 という呼称を 「TM」 に改めた次第です。ちなみに、実地に使う テクニック は、「T字形 ER手法」 でも 「TM」 でも同じです (いちぶの表記 [ MOR および MAND ] を除けば、変更されていない)──ただし、上述したように、説明概念を変更しているので、たとえば、「TM」 の説明法は、かつての 「T字形 ER手法」 の説明法と大幅に変わっています。

 「TM」 は、以下の体系として再構成されました。

             指示関係(F-真)
     ┌─────────────────────┐
     ↓                     ↓
   現実的事態       語彙 ←──────→ 文 (構成)
                ↑   文法(L-真)  ↑
               意義          意味
                ↑
               合意

 前述したように変更点の ひとつが、「L-真および F-真」 の導入です。「L-真」 とは、「関係」 文法に従って導出された (構成された) 「無矛盾」 な構成のことを指しています。そして、「F-真」 とは、「L-真」 として構成された対象が現実的事態として起こった──すなわち、「事実」 として認知できる──「完全な」 構成のことを指しています。「F-真」 を テスト するために、「TM」 では、デイヴィドソン 氏が提示した 「T-文」 (真理条件) を導入しています。「T-文」 とは、以下のとおり。

    言明 p が 「真」 であるのは、時刻 t において、事態 q と一致したとき、そして、そのときに限る。

 この 「T-文」 が対照表に対して テスト 文として適用されます──「赤本」 83ページ に、その例を示しています。
 ちなみに、以上の体系を前提にして、「TM」 は、以下の手続きで形式的構成を作ります。

    「合意」 (entity の生成) → 「L-真」 (object の生成) → 「F-真」 (「事実」 の確認)

 「Entity」 は、「T字形 ER手法」 が使っていた定義を 「TM」 でも そのまま継承して、事業過程・管理過程に関与している人たちが「同意して」 認知した──すなわち、「同意して」 個体指定子を付与した──対象としています。それらの entity に対して 「関係」 文法を適用して構成された対象を 「オブジェクト (object)」 と呼び──「オブジェクト」 概念は、「T字形 ER手法」 にはなくて、「TM」 で導入されましたが──、オブジェクトは、以下の 2つに類別できます。

  (1) 集合 オブジェクト
  (2) 組 オブジェクト

 すなわち、entity を前提にして構成された形式的構造は、「表 (リスト)」 という呼称が付与され──たとえば、対応表、対照表および再帰表──、それらが オブジェクト として 「集合 オブジェクト」 あるいは 「組 オブジェクト」 となる、ということです。「集合 オブジェクト」 は、entity の個体指定子の並びが──すなわち、(R) を付与された個体指定子のあいだで、並びが──問われない構成で、「組 オブジェクト」 は、(R) を付与された個体指定子のあいだで並びが重視される構成です (「赤本」 216ページ 参照)。いずれにしても、オブジェクト は、文法に従って構成された物であって──したがって、「L-真」 を満たしているのですが──、かならず、「T-文」 で テスト されて 「F-真」 となるかどうかを確かめます。 □

 



[ 補遺 ] (2017年10月 1日)

 L-真 と F-真は、(「論理 データベース 論考」 (以下、「論考」) を出版した後) 「赤本」 で初めて導入した概念です。「論考」 を執筆するために、数学基礎論を再学習して、「構文論と意味論」 を強く意識した次第です。T字形ER法では、そういう意識は皆目なかった (苦笑)。ちなみに、数学者たちは、当然ながら、構文論を重視して、意味論に係わることを嫌うようです。

 T字形ER法を一つの体系として公表した拙著は 「黒本」 です。T字形ER法は、実地に使っていた データベース 設計技術を──理論的な検証をしていないままに──、或る程度 体系化した実務の著作です。T字形ER法を実地の システム 作りで使っていて システム が失敗したことがないので (高生産性・低投資・高保守性・(データベース の) 高 パフォーマンス を実現していたので)、世に問うた訳です。「黒本」 は、当初 1996年に出版されるはずだったのですが、私が現場の仕事に追われていて執筆が捗らなくて、2年おくれて 1998年に出版されました。しかし、「黒本」 を執筆していて、「黒本」 に記載した例題の いくつかに関して、私は一つの疑念を抱いていました──その疑念とは、この技術は ほんとうに 「無矛盾」 なのか、という疑念です。この技術は実地に使っていて失敗したことはないが (だから、巧くいっているのは偶然ではないと思うけれど)、果たして 「無矛盾」 なのか、と。その疑念を生じた原因は、「黒本」 のなかで論理的な説明ができなかった いわゆる 「one-header-many-details」 構造です。そのために、「黒本」 を執筆しているかたわら、数学基礎論の書物を多数 読み始めていました。

 数学基礎論を学習した成果 [ 数学基礎論の学習まとめ ] が 「論考」 (2000年出版) です。この著作は、出版当時、T字形ER法の ファン のあいだでは非常に評判が悪かった──「これから T字形ER法を普及しなければならない時に、なんで (数学を扱った) こんな書物を出版したのか1?」 と。しかし、私は、これを書かなければならなかったのです。特に、この著作の中核は、ゲーデル の 「不完全性定理」 と ウィトゲンシュタイン の 「哲学探究」 です。この二人の天才の考えかたを立脚点にして、T字形ER法を見直さなければならない、と。つまり、理論 (数学では、理論 即 技術 ですが) の 「無矛盾」 とか 「完全性」 を検討しなければならない、と。遺憾ながら、この二人の天才を読み込むには、凡人たる私の力量は乏しかったので、「不完全性定理」 も 「哲学探究」 も消化不足に終わりましたが、一つ大きな成果があったのは、私の思考において、「構文論と意味論」 を強く意識するようになった。はっきり言えば、「論考」 は 「黒本」 を否定する著作です──「黒本」 を出版して わずか 2年後に それを否定する著作を綴ることになった次第です。そして、「論考」 を執筆していなかったら、TM (T字形ER法の改良版) は生まれなかった。

 「論考」 で数学基礎論の学習を まとめたのですが、先にも綴ったように学習が消化不足だったので──それでも、T字形ER法を構文論から見直すことができて──、5年後 (2005年) に 「赤本」 を執筆しました。「論考」 を出版してから 5年間たっていたので──そのあいだには、「IT コンサルタント の スキル」 という著作も執筆していますが、この 5年間には数学基礎論の学習に集中していました──、数学基礎論の技術が身についてきました。そして、「赤本」 では 「構文論と意味論」 を初めて真っ向から テーマ にしました。したがって、「赤本」 で初めて L-真と F-真を導入しました。しかし、「赤本」 では、やや構文論に重きを置きすぎた。そして、改めて、「構文論と意味論」 を丁寧に扱った拙著が 「モデル への いざない」 です。

 ゲーデル の 「不完全性定理」 で証明されている 「証明できない命題」 (構文論的には、無矛盾の体系のなかで、A とも ¬A とも証明できない命題) が TM では 「対照表」 です──「対照表」 は、出来事・行為・取引 [ event ] とも その補集合 [ resource ] とも証明できない (意味論的には、出来事・行為・取引 [ event ] とも その補集合 [ resource ] とも 「解釈できる」)。

 「論考」 と 「赤本」 を出版した後で──数学基礎論の技術を余裕をもって使うことができるようになって──、「不完全性定理」 の起点になっている 「ツォルン の補題」 や、ツェルメロ の選択公理・整列集合、特性関数を使って、「(全順序の) 並び」 上、resource が event のなかで並べられないことを証明できることがわかりました。そして、TM の文法上 (構文論上)、「対照表」 は resource の束として扱います。意味論上、「対照表」 は、event とも resource とも 「解釈できる」。






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