2009年 6月 1日 「技術編-29 多値の 『連言 (AND)』 関係」 を読む >> 目次にもどる
2018年 3月15日 補遺  


 

 「多値の連言 (AND)」 には、私はずいぶんと長いあいだ [ 7年くらいに及んで ]──「黒本」 (1998年出版) のときから 「赤本」 (2005年出版) に至るまで──悩まされてきました。「多値の連言」 そのものは、数学的には、合成関数 (あるいは、具象 カテゴリー・ファンクター) として説明すれば簡単に終わる話なのですが、私が悩んだ理由は、以下の点でした。

 「多値の連言」 は、事業過程・管理過程の事態において、「『関係』 が、そのまま、「個体」 となる」 現象である。

 TM では、「個体 (entity)」 は 「個体指定子 (entity-setter)」 を付与されている対象です。たとえば、「従業員番号」 という個体指定子で 「従業員」 が認知され、「受注番号」 という個体指定子で 「受注」 が認知されます。そして、「個体」 は、「できごと・行為 (event [ 正確には、case ]) と 「行為者 (resource [ 正確には、subject ]) という サブセット に分割・細分されます。それらの 「個体」 のあいだで 「関係」 が構成されて、現実的事態 (事業過程・管理過程) を モデル 化します。「event-対-resource」 が 「複数-対-複数」 の対応関係にあれば、いわゆる 「HDR-DTL (one-header-many-details)」 という構成が生じます。たとえば、以下の構成がそうです。

  { 受注番号、顧客番号 (R)、受注日 }

  { 受注番号、行番号、商品番号 (R)、受注数 }.

 この 「HDR-DTL」 構成では、DTL が 「多値の連言」 となっています。そして、「HDR-DTL」 は、「1-対-複数」 の対応関係です。この 「HDR-DTL」 構成は、数学的に云えば、ふたつの写像の合成です。

  f: C → O (「顧客」 と 「受注」 とのあいだの写像).

  g: G → O (「商品」 と 「受注」 とのあいだの写像).

  g・f すなわち、O = f { g (G) }.

 このときに、f と g は、「1-対-複数」 の写像です。すなわち、f (C) と g (G) とのあいだに 「1-対-複数」 の写像があるということ。したがって、f { g (G) } という合成関数 [ 一価関数 ] として扱うことができない。しかも、このときに悩ましい争点となるのが、f を 「個体」 として扱うという点です。DTL のなかの 「行番号」 が示しているように、DTL は 「多値の連言」 です。さらに、やっかいな点は、実地の データ 使用では、DTL の 1つずつが 「後続」 event に対して対応関係をもつことがあるという点です。たとえば、「受注」 が明細単位に出荷されるとか──すなわち、「出荷」 entity は、以下の構成となります。

  { 出荷番号、受注番号 (R)、行番号 (R)、出荷日 }.

 言い換えれば、「受注 DTL」 が、あたかも、単独の entity として作用するということです。

 f (C) と g (G) が ひとつの 「受注」 を構成して、しかも、f (C) と g (G) とのあいだに写像 (「1-対-複数」) があるということは、「『関係』 が、そのまま、ひとつの個体を構成する」 ということです。そのときに、「個体指定子」 の扱いが争点になります。すなわち、「受注 HDR」 にも 「受注 DTL」 にも 「受注番号」 という 「個体指定子」 が使われているのですが、(「受注 HDR」 と 「受注 DTL」 との) 「関係」 を一つの 「個体」 とすれば、階が一つ上の 「個体」 として扱わなければならないでしょう [ しかも、第二階の 「個体」 に対する 「個体指定子」 が争点になるでしょう ]。TM は、セット 概念を基底にした モデル として作られたので、この現象に対応するのが難しかったという次第です。

 「HDR-DTL」 構成 (「多値の連言」 現象) に対して TM が取った ソリューション は、クラス 概念を導入して、具象 カテゴリー・ファンクター を使うことでした。すなわち、「受注 HDR」 という クラス と 「受注 DTL」 という クラス と、それらの クラス のあいだの 「関数」 の クラス を使うということ。TM では、この 「関数」 の クラス を 「概念的 スーパーセット」 として扱っています──「概念的」 と云うように、この クラス の 「性質」 を記述しない点に注意してください [ すなわち、「T 字形」 記法において、右側 (『性質』 の記述) を認 (したた) めない ]。具体的な記法は、「赤本」 105ページ を参照してください。

 ファンクター を 「概念的 スーパーセット (写像集合)」 として扱ったとしても、データ 演算では、「受注 HDR」 および 「受注 DTL」 の それぞれの instance が対象となるので、「第一階」 を超えることにはならないし、「F-真」 の験証も喪わない。「赤本」 では、「HDR-DTL」 構成を合成関数・具象 カテゴリー・ファンクター の観点で説明しないまま、帰着点 (「概念的 スーパーセット」 として扱うこと) を記しています (「手続き」 を示さないで帰着点のみを記すのは私の悪い癖です)。拙著 「論考」 で具象 カテゴリー・ファンクター を説明して、「赤本」 で 「概念的 スーパーセット」 を記して、それら (具象 カテゴリー・ファンクター・概念的 スーパーセット) を 「合成関数」 の観点で説明した著作が 「いざない」 です (238ページ〜241ページ)──「概念的 スーパーセット」 を使う理由の説明が後回しになって申し訳ない。 □

 



[ 補遺 ] (2018年 3月15日)

 いわゆる 「HDR-DTL」 は、合成関数 (あるいは、ファンクター) を使えば簡単に説明できる構造です。しかし、私が長い年数のあいだ その説明に困っていた理由は、或る先入観にとらわれていたからです──その先入観というのは、T字形ER法がそもそも命題論理を基底にして複合命題と単純命題 (ひとつの主語と ひとつの述語という命題構成) という技術で作られていたからです (それが 「黒本」 では顕著です)。したがって、ひとつの関係が ひとつの命題を表すということが説明つかなかった。命題論理を使ってそれを説明しようと囚われていたのです。

 T字形ER法の前提を命題論理の考えかたから述語論理・集合論に変える切っ掛けになった拙著が 「論考」 です──構文論を主に検討しました。そして、集合論を基底にしてT字形ER法を見直した拙著が 「赤本」 です──意味論を主に検討しました。そして、「いざない」 に至ってようやく モデル 技術として構文論と意味論を対等に扱い、「関数」 を主体として TM (T字形ER法の改良版) を整えることができました。






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