昨年 (2014年) は、仕事も私生活も (経済的にも精神的にも) ドン 底に近い状態でした。まいつき、夜勤が 7回ほど──多い時には 9回も──あって、還暦を越えた身体には少々辛い。疲労がたまれば、自ずと思考力が低下して、ホームページ の更新も儘 (まま) ならない状態が続きました。思索する癖を喪えば、日々ただ やるべき仕事を消化して寝るという単調に [ 機械的に ] なってしまうので、夜勤明けの日には、なんとか Twitter を綴って思索する癖を喪わないように頑張っていました。しかし、読書量は圧倒的に減ってしまった──読書のために机に敢えて向かうくらいなら、夜勤の疲労をためないように寝ていたい、というのが正直な気持ちです (身体がそれをどうしても欲求する)。
読書量が圧倒的に減ったけれど、それでも、携帯電話・スマートフォーン・タブレット が移動中に (通勤途上で) 使える時代なので、それらを活用しています。読書のために まとまった時間を割けないけれど、スマホ を使って細切れですが読書を続けています。辞書類も、スマホ・タブレット に収録していて、offline で使えるようにしています。そして、英語の ユーモア 集を読んでいます。タブレット は拙宅の無線 LAN に接続して、英語の耳慣らしに TED を Youtube で聴いています。思考力が低下している時には、「クレヨン しんちゃん」 を Youtube で観て、気晴らしにしています。昨年、スマホ を K さん (「TM の会」 会員) から譲ってもらました──それまで私は携帯電話・タブレット を使っていたのですが、タブレット は常時持ち歩くには大きすぎて (「クレヨン しんちゃん」 を観るにはいいのですがw) 不便だったので、スマホ を持ちたいと思っていたのですが、或る時 (早稲田大学 エクステンションセンター の帰りの バス の中で)、K さん (エクステンションセンターの講座の生徒) に「『TM の会』 の会員のなかで誰か使っていない古い スマホ を譲ってくれる人いないかしら」 と相談したら、K さんが「私が使っていない スマホ があるので、それを譲りましょう」 と思いも掛けない嬉しい申し出があって、譲ってもらった次第です (感謝)。譲ってもらた以来、その スマホ は大いに活躍しています。スマホ を携帯できる時代になって、スゲー 時代だなあと思います。私が タブレット のみを使っていれば──タブレット を買った時には、スマホ では画面が小さすぎるので、タブレット のほうが画面が大きいので見やすくていいと判断して買ったのですがw──、常時持ち歩くにはやや大きいので、通勤では持ち運ばないようになってしまって、読書量は皆無に近い状態になっていたでしょう。読書を曲がりなりにも続ける事ができたのは スマホ の恩恵であって、スマホ を譲っていただいた K さんに感謝しています。
私の本業である モデル 論の研究では、TM をそろそろ バージョン 2 に改訂しようと思っているのですが──その体系は定まっているのですが──、いかんせん、介護の仕事で疲れていて、バージョン 2 を書き下ろす余裕がない (苦笑)。介護の仕事では、この 2年半のうちに 9人 (の他界) を見送りました──鬱病や認知症の人たちと接していて、そして、自分が介護した人たちが 2年半のあいだに 9人も見送る事を体験して、私の人生観は少なからず影響をうけました。どのような影響なのかは ここでは記しませんが、他人とのつきあいや老年の生活のしかたについて私の考えかたが変化したのは確かでしょうね。そして、世を厭う性質が以前に較べて強くなったようです (その自覚はあるのですが、そういう性質は拙 (まず) いと思っています)。
さて、今年は どういう年になるか、そして私の生活を どのようにするか、、、まいとし年末年始には、独りになって思いを巡らすのですが、この年末年始には、12月30日・1月 2日が夜勤だったので、落ち着いて考える事ができなかった。そろそろ、休暇をとるほうがいいのかもしれない、、、自分を壊さないためにも。