2003年 6月 1日 作成 | コピー 機 (複写機) | >> 目次 (作成日順) |
2008年 6月16日 補遺 |
私は、コピー 機を拙宅にて使っています。 家庭用 FAX 機器の付随機能として搭載されている コピー 機能は、紙を 1枚ずつしか挿入できない型式が多いので、ぶあつい書物の ページ を複写するには使うことができない。
私が コピー 機を使う最大の理由は、書物を複写するためです。 こういう使いかたをすれば、読書が極めて捗ります。なぜなら、ちょっとした空き時間があれば、鞄のなかから コピー を取りだして読めばいいから。細切れの読書の蓄積が膨大な読書量になるでしょう。研究領域のちがう書物を 3冊ほど コピー して携帯すればよいでしょう──ぶあつい書物を 3冊も携帯するのはつらいでしょうから、コピー した少数の ページ を携帯していれば都合がよい。
研究領域の書物を多数読みながら、引用として使いたい文章を複写するときにも コピー 機は役立つ。 あるいは、パソコン を使って作成した原稿のなかに縦罫線を多用した図表が多ければ、2部以上の印刷をしなければならないなら、普通の プリンター なら(──高級な レーザー・プリンター を除けば──) 印刷には多大な時間を費やすことになるのですが、1部を印刷して、ほかを コピー 機を使って複写すれば、時間を節約できる。それを年賀状に応用すれば--数百枚の年賀状を綴ることを前提にすれば──、1枚を丁寧に作成して、コピー 機を使って複写すれば、プリンター を使うことに比べて、そうとうな時間節約になります。
コピー 機は、思いの外、利用頻度が高いので、1台購入してもよい、と思う。 |
[ 読みかた ] (2008年 6月16日)
本 エッセー では、コピー 機の使いかたを具体的に記述しているので、取り立てて、補遺はいらないでしょう。 じぶんが手本にしている書物を、「写経」 のように、一字一句、手書きで写すのが、本来であれば、最良の学びかたなのでしょうが、私は、怠けて、コピー 機を使っています。(コピー 機が普及する前、) 昔の篤志家たちは、「写経」 のように、書物を写していました──書物を、一字一句、写すことによって、作者の文体を 「体得」 できるのでしょうね。そして、それが、本来の意味で、「真似る」 ということなのでしょうね。「真似る」 というのが学習の第一歩でしょう。パソコン が普及した現代なら、さしずめ、(手書きではないにしても、) パソコン の ワープロ ソフト を使って、手本とする書物を、一字一句、写すのかもしれない。私も、そうしたいという気持ちは強いのですが、いっぽうで、読まなければならない膨大な書物があるので、多量に読むことを優先して、ノート 作成を後回しにしているというのが実態です。 さらに、使っていた コピー 機が、いままで、定期的に メンテナンス してこなかったので、とうとう、複写した紙に黒い線が混じるようになって、コピー 機が、いまでは、ほったらかしになっています。メンテナンス すれば良いのですが、めんどくさいので、そのままにしてあります。で、しかたがないので、ぶあつい書物を鞄のなかに入れて持ち歩いています。いま読んでいる書物では、デイヴィドソン 氏の書物は、そのまま、携帯して、いっぽうで、秘書に頼んで、チューリング 氏の ふたつの論文 (原文) を コピー してもらったので、チューリング 氏の論文は、コピー した中から数枚ずつ取りだして読んでいます。 |
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佐藤正美の問わず語り |