2004年 7月16日 作成 | 集合的 と 周延的 | >> 目次 (作成日順) |
2008年 8月16日 補遺 |
集合とは、事物の集まりである。集合について、なんらかのことが語られるとき、「集合的に」 語られている。 「集合的」 と 「周延的」 の違いを簡単に言えば、以下のように言うことができる。
(1) 集合について 「真」 であることが、個々の メンバー についても 「真」 であるとはいえない。
(1) 「解体」 の虚偽 A 企業には、すぐれた技術力がある。 → A 企業の社員 a には、すぐれた技術力がある。 A 企業の・それぞれの メンバー には、すぐれた技術力がある。 → A 企業には、すぐれた技術力がある。
実地の データベース 設計では、「集合的」 と 「周延的」 のいずれも配慮しなければならない。
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[ 補遺 ] (2008年 8月16日)
「集合的と周延的」 という それぞれの語の意味は、専門家でないなら、本 エッセー で述べたことを理解していれば、意味に関して それ以上の検討はいらないのですが、周延的性質が どうして大切なのかと言えば、「真理条件」 を問う直接の対象になるからです。すなわち、実 データ と その集合を対象にしたとき、真・偽を問うための前提になるからです。 「集合と その元」 という考えかたでは、集合を元にして、「集合の集合」 を考えることができます。すなわち、「集合と その元」 という考えかたのなかで、「階」 を導入することができます。「階」 を導入したときに争点になるのが、「真」 概念です。「真」 概念には、以下の ふたつがあります──この ふたつの 「真」 概念は、カルナップ 氏が示しました。
(1) 導出的な 「L-真」 (構文論上、文法に従って構成された無矛盾性) 「真理条件」 とは、タルスキー 氏が示した 「規約 T」 のことを云います。「規約 T」 とは、「T-文」 とも云いますが、「文 p が真であるのは、事態 q と対応するとき、そして、そのときに限る」 という (「真」 に対する) テスト 文です。タルスキー 氏が示した例で言えば、「文 『雪は白い』 が真であるのは、雪が白いとき、そして、そのときに限る」 ということです。 「モデル」 が──特に、自然言語で記述された文に対して モデル (形式的言語) として作用する経験論的言語 L が──「無矛盾」 で 「完全」 である、ということは、「構成」 が いくつかの選ばれた公理から すべて導かれ──「L-真」 を実現して──、かつ、構成された文が 「真」である──すなわち、現実的事態に対して 「F-真」 を実現している──とき、そして、そのときに限る ということです。「集合 (あるいは、『集合の集合』)」 もしくは 「概念」 は、「L-真」 を証明できるのですが、「F-真」 は──特に、経験論的言語 L に限れば──現実的事態に対して 「T-文」 として テスト しなければ 「真」 を証明できない。 ちなみに、自然言語で記述された文に対する モデル ではなくて、「集合 (あるいは、『集合の集合』)」 もしくは 「概念」 で構成された体系に関して 「真」 を証明するには、「自然数」 (正確には、特殊な係数を使うのですが──たとえば、ゲーデル 数とか スコーレム 係数とか ヘンキン 係数とか) を対応して調べるのですが、「PM の公理系 (無矛盾な公理系の代表的な ひとつ) が 「不完全」 であることを ゲーデル 氏は証明しました。ここでいう 「不完全」 とは、無矛盾な体系 L であれば、L のなかの式 G について、G も ¬G も L のなかでは証明できない、ということです。
私が作る 「モデル」 は、自然言語で記述された文を対象にした 「モデル (「意味」 の構成)」 なので、しかも、有限個の文に対して有限回の演算を施して作る 「モデル」 なので、データ 構造として外延 (集合) を作っても、かならず、文法に従って構成された文 (和集合) が 「F-真」 を実現しているかどうか が最後の テスト になります。私が対象にしているのは、つねに、自然言語の文なので、第一階を超えた述語を導入することは、まず、ない。 { 従業員番号 (R)、部門 コード (R) }. この和集合は、f (x) として、「配属」 という できごと を 「言及している」 と 「解釈できます」。すなわち、これらの サブジェクト の関係を二項述語ではなくて、三項述語 R { S1, S2, t (e) } というふうに解釈している ということです。そういうふうに 「解釈」 するためには、「解釈」 の制約規則として、以下を導入せざるを得ない。
和集合のなかに、「日付」 の データ が実存するか、あるいは、「日付」 を仮想したいとき、 そういう制約規則を導入してはじめて、この文 (和集合) に対して 「真理条件」 を問うことができます。しかしながら、このような 「『解釈』 の制約規則」 が、はたして、「モデル」 の必要条件になるのかどうかは争点になるでしょうね。 |
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