2005年 8月 1日 作成 「規則準拠性」 と 「対偶」 的思考 >> 目次 (作成日順)
2009年 9月 1日 補遺  


 
前件肯定式 と 後件否定式

 仮言命題とは、2つの命題が、「もし...ならば、...」 という接続詞 (論理定項) を使って結ばれた形式である。
 たとえば、「もし、きょうが月曜日ならば、明日は、火曜日である。」

 「もし...ならば」 を 「→」 というふうに記述して、2つの命題を、それぞれ、p および q として記号化すれば、仮言命題は、以下のように記述される。

   p → q.

 p を 「前件」 といい、q を 「後件」 という。
 「もし、p ならば、q である (p → q)」 は、「もし、q でないならば、p でない (¬q → ¬p)」 と同値である──なお、「¬」 は、「...でない」 (論理的否定) を記述している。「¬q → ¬p」 は、「後件否定式」 とも云われ、論証のなかでは大切な論法なので、「対偶」 という特有の呼称を付与されている。

 仮言命題 (p → q) では、前件 p が 「真」 ならば、後件 q も 「真」 でなければならない──そのために、これを 「前件肯定式」 という。前件肯定式と後件否定式の 2つが、妥当な論証である。

 
仮言命題の真理値表

   ┌────┬───┬───┬─────┐
   │ 番号 │ p  │ q  │ p → q │
   ├────┼───┼───┼─────┤
   │ (1) │ T │ T │  T  │
   ├────┼───┼───┼─────┤
   │ (2) │ T │ F │  F  │
   ├────┼───┼───┼─────┤
   │ (3) │ F │ T │  T  │
   ├────┼───┼───┼─────┤
   │ (4) │ F │ F │  T  │
   └────┴───┴───┴─────┘

 
 (1) および (2) は、前件肯定式のことを示している。(3) および (4) では、前件が F (偽) のときに、「p → q」 が T (真) になるというのは、一見では、奇妙に感じるかもしれないけれど、「前提が、でたらめなら、なんでも、ありあり (なんでも、成立する)」 というふうに覚えておけばよい。

 
「規則に従う」 ことと、後件肯定式

 前回、ウィトゲンシュタイン 氏の 「規則に従う」 ことを、クリプキ 氏が、「反応と適用」 というふうに、的確に、まとめていることを述べた。クリプキ 氏は、さらに、その概念 (「反応と適用」) を、「対偶 (後件肯定式)」 と前件肯定式を使って、言い換えている。すなわち、「もし、だれかが、『+』 で プラス 計算を意味しているならば、その人が示す答えは、たとえば、『68+57』 に対して、『125』 でなければならない。」 という仮言命題を、 共同体は、対偶形式に変えて承認するのである。その共同体が正しいとみなす 「与件の」 反応を、その人がしないならば、共同体は、その人が規則に従っていない、と思うのである。

 そして、共同体が正しいとみなす反応と、その人の反応が、数多く、一致すれば、共同体は、前件肯定式の形で、その人が規則に従っていると認める。クリプキ 氏によれば、「われわれは、相互に、反応において、一致しているという、どうしようもない生 (なま) の体験的事実に基づいている」 のである。

 すなわち、「p → q」 を、まず、「¬q → ¬p」 として、「反応」 を検証して、それが成立すれば、次に、「p → q」 として、「適用」 を妥当であるとして承認するのである。

 小生の書物では、それを、以下のように、まとめている。

 (1) 「規則に従う」 ということは実践である。規則に従っていると信じていることは、規則に従っていることではない。
     それゆえに、人は、規則に 「私的に」 従うことができない。

 (2) 規則が行為を規制するのではなくて、行為が規則である、という転回に至る。



[ 補遺 ] (2009年 9月 1日)

 推論 (ロジック) では、以下の 2つが 「妥当な推論」 とされています。

 (1) 前件肯定式 (p → q)

 (2) 後件否定式 (¬q → ¬p)

 この 2つ以外の推論が妥当でない理由は、本 ホームページ 336 ページ を参照してください。
 また、前件肯定式 (p → q) は、「否定 (¬)」 と 「連言 (∧)」 (あるいは、「選言 (∨)」) を使って記述すれば、以下のようになります──すなわち、それらの式は同値です。

    p → q ≡ ¬ ( p ∧ ¬q ) ≡ ¬p ∨ q.

 これらの式が同値になる証明は、本 ホームページ 68 ページ を参照してください。

 「p → q」 と 「集合論における表記」 について、ここで注意を記しておきます。「p → q」 は、集合論の 「p ⊂ q」 として翻訳されます──すなわち、「p は q に包摂される」 と。いっぽうで、「p → q」 を 「p ⊃ q」 として記述する哲学者たちもいます──たとえば、ウィトゲンシュタイン 氏とか。どうして、「p → q」 を 「p ⊃ q」 として記述する慣習が生まれたのかを 私は詳らかにするほどの知識がないのですが、たぶん、「p → q」 が 「含意 (implication)」 ということを示している──すなわち、前提が真で推論が真であれば、後件が偽であることはない、ということ──からではないでしょうか [ ただし、この推測は、あくまで、想像にすぎないですが ]。

 本文で説明しましたが、後件否定式 (¬q → ¬p) は、「対偶」 とも呼ばれています。

 クリプキ 氏は、ウィトゲンシュタイン 氏の哲学において、前件肯定式 (p → q) と後件否定式 ( ¬q → ¬p ) が 「行為・規則」 を説明する際に的確に使われていることを示しました。すなわち、「p → q」 を前提にして、

 (1) 「¬q → ¬p」 は、「反応 (の験証)」 として使う。

 (2) 「p → q」 は、「(規則の) 適用」 として使う。

 言い換えれば、「( p → q ) ←→ ( ¬q → ¬p )」 という必要十分条件において、必要条件 「( ¬q → ¬p ) → ( p → q )」 を 「反応 (の験証)」 すなわち 「行為 (実践)」 において証明する、ということ──べつの言いかたをすれば、「対偶」 を使って、「¬( ¬p → ¬q ) → ¬( p → q )」 [ ¬反応 → ¬適用 ] ということ。そして、この点が、「規則に従っていると信じる」 (あるいは、もう少し、拡大解釈して 「意図する」) こととの相違点でしょうね。





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